話を聞かない男、

地図が読めない女

     アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ

先ず言っておかなければならないことは、私は差別や不平等をすすめるつもりも意図もないと言うことです。また、偏見を持つことを助長する意図もありません。この本の立場も同様で、この考えに賛同します。科学的事実と、個々人がどう自分の能力を発揮し、今後の社会がどうあるべきかということを考えているだけです。

ちょっと長い前置きになりますが、私は以前から現在の教育、社会の不完全さが気になっていました。19世紀から20世紀にかけて社会の成り立ちは大きな変換期を迎えました。詳細は歴史学者や社会学者にまかせるとして、仕事とは何か、社会生活とは何かと言う基本的な問題が、根本的にそれ以前とは変わってきたのです。しかし、われわれはそれに対応し、社会制度を変えてこれたのでしょうか?私にはまだ過渡期にしか見えません。逆に、歪みが広がっているように見えます。この本にはその解決策の一部が示されているような気がします。

私は以前より、機会の平等が大事で、結果の平等を重視するのはおかしいと思っていました。結果の平等ではなく、いかなる結果も尊重しあえる社会が重要だと考えています。単一化、平均化に向かう社会の危険性は最近やっと問題にされてきています。例えば、コシヒカリばかり育てる農業に未来はありません。様々なお米の遺伝子のバリエーションが将来利益に繋がることを先進的な企業は知っています。違うものを同じだと思い込もうとしたり、同じ物として行動することが不幸な社会の歪みを作っているのです。

さて、この本ですが、男女の脳の働きの違い、ホルモンの違いによる能力の違いについて述べています。もちろん、すべての人が男だから、女だからこうであると言うことではありません。女脳を持つ男性もいれば、男的な脳の度合いが高い女性もいます。100mの世界記録は男性のほうが早いし、年齢別に平均を取っても男性の方が早いでしょう。しかし、私より100mが早い女性はいくらでもいるでしょうし、この事に異論をはさむ人も少ないとは思います。しかし、100mを速く走ることが必要な職業があったとすれば、圧倒的に男性が採用されると言うことについては異論を唱える人がいます。人間それぞれなのですから、100mを速く走れることは賞賛すればいいし、字をきれいに書けることも賞賛すればいいし、人間関係を円滑にできる能力も、とんでもないことを思いつく能力も、きれいに整理整頓できる能力もすべて賞賛すべきことなのです。

男女の能力の違いは100万年の人類の歴史の中で遺伝的に淘汰されてきた結果であり、数世代で変わる性質のものではありません。100万年続けてきた狩猟生活が、高々数千年の農耕生活やましてや200年の工業化社会による意識の変化で遺伝的に変化する事はないと言うことです。この変化に遺伝的に対応するには後100万年が必要です。この問題は生物で遺伝や進化を習った人なら当たり前の事です。しかし、ラットやマウスの遺伝は理解しているのに人間の遺伝的淘汰については考えようとしない人もいます。所詮人間も動物の一種族なのに。けれど、人間は知恵も知識もあるのですから、お互いの違いを認めて尊重することも、相手を気遣っていくこともできるはずです。

この本を読めば、今までおぼろげに女は、男は、と思っていたことに明確な答えが得られることでしょう。この結果、夫婦、職場など、様々な男女の協力関係に今後改善がみられると思います。

この本は長い狩猟生活で男性は狩りに出かけるのに有利な能力が発達してきたと述べています。つまり、空間を認識する能力です。遠くからでも巣に帰って来れる能力が重要ですし、また、遠くの獲物を追うために一点に集中して弓を射る能力も大事でしょう。一方、女性は集落の中で生活し、他人との人間関係をいかに築くか、子供を育てるためにどうすればいいか、外敵にいかに早く気づくかが重要だったのです。獲物を取ってこない男や村の中で浮いてしまっている女性に興味をそそられることは少ないでしょう。これば100万年も続くことを考えてみてください。このことが現在の男女の違いにも根強く残っているのです。

女のおしゃべりにどうつきあうかというのは男にとって重要な問題です。大抵の男は私も含めて対処の方法を知りません。この本には、女性のおしゃべりがどういった意味を持ちどう対処すればいいのかが書かれています。もちろん、女のおしゃべりに対する男の反応がどういった意味を持つのかも書かれており、女性の方も男に話しかけるときはどうすればいいかが良く分かると思います。

女に空間認識力はないと言うこと、この事についての解説は建設関係の人には大きなヒントを与えています。私も家を新築した時、私は図面から出来上がった家を立体的に想像して要望を出していましたが、妻は何故そんなところにこだわっているのか理解できなかったようです。代わりに妻は外壁の色やシステムキッチンの色にはこだわり続けました。

私も前から、妻には地図を読ませるのはあきらめていました。車で旅行に出かけるときは高速道路は私が運転し、目的地近くになると妻が運転して、私が地図を読んでいました。この事の正しさがこの本で証明されています。

先日も、新しくできた道を走っていて、道を右に曲がるか左に曲がるかでもめました。妻には以前に別の道で行きなれたところですが、この道は初めてだったのです。私はあまり来たことがなかったのですが、意見が分かれたのです。このときも私の方が正しく位置関係をとらえていました。女性の皆さん、道がわからないときは男性の意見に従って下さい。そのかわり、男性の皆さん、人間関係の観察は女性の意見に従った方が身のためです。

これは私の意見ですが、若い人たちの文化を見ていても納得できることが沢山出てきます。最近増えている語尾上げ言葉は、女性の他人との協調関係を作り断定をさけるといった言語習慣からきているのかもしれません。それに加えて、女同士の方が言語のコミュニケーションが活発であり、現在のマスメディアが女性文化を重要視していることも関係して広がっているのでしょう。

色々述べてきましたが、この本を読めば明日から、あなたの人間関係が違ったものになるでしょう。こういった性差を認め、お互いを尊重し、共存していくにはどうすればいいかといったことは教育の中にも取り上げていくべき問題だと考えます。